阿智村 なみあい-namiai-

浪合について

環境省認定 日本一の星空

阿智村浪合の星空は、環境省の全国星空継続観察(平成18年度夏期)の結果、調査した47都道府県439地点の中で夜空の明るさの等級が23.7で、もっとも星空の観察に適した場所とされました。気象条件がよければ夏は天の川、冬はすばる(プレアデス星団)の星々などたくさんの星をみることができます。

 ● 浪合の星空について

 ●日本一の星空をみる会(年間予定表)


 

 旧浪合村の概要(現阿智村浪合)

なみあい

浪合は、長野県南西部に位置し、東の極楽峠から亀沢山を境に下条村、南東の蛇峠山から亀沢山を境に阿南町和合、南西から西の横岳、治部坂峠から蛇峠山を境に平谷村、北西の大川入山を境にして岐阜県中津川市に接しています。

山林が約95%と多く、治部坂峠あたりから流れ出る治部坂川と、あららぎ方面からの恩田川が地区の中央部で合流し、和知野川(浪合川)となって流れ、この三つの川に沿って集落があります。国道153号線が南北に通り、県道深沢阿南線が和合方面に通じています。

年の平均気温は役11℃え、年間降水量が2,500~3,000mmと多く、最高・最低気温の較差も10℃以上あり、内陸性高地の特徴を示しています。高冷地で昼夜の寒暖差が大きいので甘いトウモロコシができ、栽培が盛んです。

また、夏は涼しいので、避暑地として別荘や保養地に、冬は積雪量が多いので、スキーやスノーボードをしに中京方面を中心に多くの人が訪れます。また、2006年スターウォッチングで浪合(銀河もみじキャンプ場)が日本一星が多くみられる地として環境省に認定されました。旧浪合村は、平成18年1月に阿智村と合併しました。


浪合の歴史

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浪合は、後醍醐天皇の窓で、南朝勢力の挽回につくした尹良親王最期の地とれさ、尹良親王墓があります。戦国時代には武田信玄が飯田から三河に通じる伊那街道を整備し、浪合関所をおきました。江戸時代になると伊那街道難所寒原峠と治部坂峠の間にある伝馬宿として、また、中馬の宿泊地として栄えました。明治維新以降は、1934年に浪合村になるまで、平谷村と合併、分村を数度行われました。

○なみあいの文化


浪合の観光

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1952年には人口が最高の1,662人となりましたが、その後は人口流出が進み、今では半分以下となりました。観光リ立村を目指し、ゴルフ場や治部坂スキー場、治部坂別荘地などの開発が進められました。2006年1月1日に阿智村に合併しました。

今では、日本一の星空として観光名所となりました。浪合の星空は、環境省で行っているスターウォッチング夏季観察結果において、「星空の観測に適した場所」全国で一番となりました。地域の方や各団体との見事な連携、自然環境の保護など長年のご協力や努力による結果であり、いつまでも貴重な資源を守り続けたいと願っています。」

○日本一の星空 ○観光施設

 


浪合の自然

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標高800m~1,600mにまたがる高地なので、竹・茶の類から白樺・もみ・つがなどの類まで種類が多く、国道153号沿いには白樺のような高山性の樹木も見ることができます。また、しゃくなげ・いちい・ようらく・いわかがみ・座禅草などの貴重な植物も自生し、野いちご・とちの実・栗・山ぶどう・あけび・茸なども豊富です。豊かな自然の恵みに感謝したいものです。また、豊かな森林資源を観光業に利用することが考えられ、別荘地の開発やゴルフ場の建設などが進められてきました。しかし、1本でも多くの立ち木を残し自然と共生して進める開発であるという強い理念に支えられ、現在に至っていることを忘れてはいけません。

○なみあいの四季  ○浪合の野菜  ○あそびば


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